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カテゴリ:将棋倶楽部24最高R物語

  • 2012/09/16将棋倶楽部24最高R物語

    1998年 最高R保持者は2353点のkintak五段。1999年 最高R保持者は2577点のyukinyago六段。(2位は2548点でsyunaidar六段)2000年04月 最高R保持者は2620点でnanakonadeshiko六段。(2654点まで更新)2000年06月 2663点のyo-suke六段が新最高R保持者。2000年08月 2690点のnanakonadeshiko六段が再び最高R保持者。(2764点まで更新)2001年09月 HAHAHAHAHA六段が2765点で最高R保持者となる。2002年05月13日 HAHAHAHAHA六段が280...

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  • 2012/04/01将棋倶楽部24最高R物語

    bonkras(3364点)※フラ盤:c三間飛車のひとくちメモ2011年11月8日午前1時過ぎの真夜中。将棋の歴史を変えることになるそのロボットは始動した。21時間後に六段、47時間後に七段、59時間後に八段、そして166時間後に同じロボット棋士ponanzaが打ち立てた3211点の記録を抜き去った。ロボットの名はbonkras。第21回世界コンピュータ将棋選手権の優勝ソフト。...

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  • 2012/03/12将棋倶楽部24最高R物語

    akahosi53(3183点)※フラ盤:c三間飛車のひとくちメモ2011年2月14日、将棋倶楽部24の最高R更新をかけた大一番が行われました。最高R更新まであと4点と迫ったYui ma-ru氏。その注目の大一番に勝ったのはakahosi53八段でした。...

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  • 2011/05/15将棋倶楽部24最高R物語

    ponanza 参考記録 3188点※フラ盤:©三間飛車のひとくちメモ第21回世界コンピュータ将棋選手権で5番だった将棋ソフトponanzaは、30秒将棋においては人類で一番強い人よりも遙かに強かった。人間が10年以上の歳月をかけて創った3178点の記録を、参戦して5日目で塗り替えた。 3200点の大台も、新記録樹立の瞬間から40分後にはあっさり超えた。 もう、人間では誰も止められないのだろうか?3600点まで突き進むのだろうか? と思いき...

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  • 2011/04/30将棋倶楽部24最高R物語

    Yui ma-ru※フラ盤:©三間飛車のひとくちメモScreen Hero八段の最高R3178点まで、あと3点と迫るユーザーが存在しました。 そのHN名はYui ma-ru氏。 歴代最高R保持者にも連勝し、その強さは紛れもなく最強クラス。 不思議だったのは勝率が4割台であったこと。一番強いはずなのに。 2010年の12月から点数が急激に伸びはじめ、時は2011年2月14日のバレンタインデー♡ レーティング点数を3175点まで伸ばし勝てば24最高R保...

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  • 2011/03/26将棋倶楽部24最高R物語

    Screen Hero(3178)※フラ盤:©三間飛車のひとくちメモ将棋倶楽部24でpameus八段が記録した最高R3172点は、1年の間、誰も到達することはできませんでした。 一年の間誰も破られることがなかった記録というのは、他にはdcsyhiさんの3003点しかありません。3172点が如何に偉大な記録だったというのがわかります。 しかし、将棋倶楽部24の最高Rはいつか必ず更新されます。 pameus八段の偉大な記録も、それを樹立したちょうど1年...

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  • 2010/06/26将棋倶楽部24最高R物語

    pameus(3136点)※フラ盤:©三間飛車のひとくちメモ2002年5月13日にHAHAHAHAHA八段が2800点に到達して以来、将棋倶楽部24全体での最高Rというものが会員の多くに意識されるようになりました。その後、yo-suke七段が更新し、さらにtakason七段が更新する、といった感じで数点ずつ徐々に徐々に強豪たちの手によって記録は更新されていきました。しかしdcsyhi八段というズバ抜けた棋力のユーザーが登場して、それまでの記録を100点近く...

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  • 2009/12/05将棋倶楽部24最高R物語

    yomoni-(3116点)※フラ盤:©三間飛車のひとくちメモH-Paris八段が3100点台という前人未踏の得点に達し3ヶ月ほどたったある日、yomoni-八段という超強豪を予感させる方が現れました。風林火山そのもののような将棋で、デビュー3ヶ月であっさりと24最高Rを樹立します。H-Paris八段が「24」に来なくなるとyomoni-八段が現れ、その後yomoni-八段が来なくなるとH-Paris八段が復活し、不思議ですが想像の域は超えません^^さて、最強レ...

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  • 2009/09/12将棋倶楽部24最高R物語

    H-Paris(3097)※フラ盤:©三間飛車のひとくちメモ2004年のデクシ伝説以来、2番手に100点以上引き離すような超人は登場していません。横行するソフト指しが五段以下の方々から点数を吸い上げてはそれを強豪たちに献上するの繰り返しで、高段のレートはインフレになり3000点越えも今では珍しいことではなくなりました。2008年5月、当時まだ2700点台ではありましたが勝率9割を超える圧倒的な強さで大物を予感させるユーザーが現れまし...

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  • 2009/02/23将棋倶楽部24最高R物語

    対局日:2008年1月27日棋戦:レーティング対局室(早指し) 先手:trial and error後手:Aleksandros将棋盤初戻る進む終 0手2005年6月29日にAug 02八段が最高R3010点の金字塔を打ち立てた1ヶ月後に破竹の勢いで3008点まで登り詰めて来た184no3310八段という振り飛車党の救世主が現れました。そして勝てば最高R更新の大一番、そこに居た800人の観戦者は新記録達成の瞬間を今か今かと待ち構えていました。(※下...

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  • 2009/01/31将棋倶楽部24最高R物語

    対局日:2004年8月30日棋戦:特別対局室先手:syunaidar後手:gerard将棋盤初戻る進む終 0手将棋倶楽部24の最強者というと、東京道場で華麗な技を披露している高段トップの人達を思い浮かべるのは当然のことですが、レーティング戦とは別に大会が企画されており、そこでの優勝者であるタイトルホルダーなるものが存在します。知らない方も居るかもしれませんので説明しておきますと、将棋倶楽部24には事前に参加受付を行い開...

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  • 2009/01/24将棋倶楽部24最高R物語

    対局日:2006年12月21日棋戦:レーティング対局室(早指し)先手:terror後手:sakitama将棋盤初戻る進む終 0手将棋倶楽部24にはプロ棋士が普通にログインしていますので、その中で最強のユーザーともなれば誰もが羽生名人であってほしいとの夢と期待を膨らませます。しかしそれは常に想像の域を超えることはなく、これまでたくさんの夢が夢物語のまま閉幕していきました。「羽生名人かもしれない」と噂が立つ法則は次の二つの条...

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  • 2009/01/12将棋倶楽部24最高R物語

    対局日:2003年3月5日棋戦:レーティング対局室(早指し)   先手:DORA THE KID 後手:miyakohjihara 将棋盤初戻る進む終 0手上は2003年3月5日に行われたDORA THE KID七段の21戦目の対局より。「24」で最強と言うとどうしても八段の強豪に目が行きますが、八段になっていない方でたった一人だけ最強を詠われた方が居ます。そのHN名はDORA THE KID。初めてその名前を聞く方も多いのではないでしょうか。それもそのは...

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  • 2009/01/08将棋倶楽部24最高R物語

    対局日:2006年2月5日棋戦:レーティング対局室(早指し)先手:aoba81後手:HAHAHAHAHA将棋盤初戻る進む終 0手将棋倶楽部24の「最強」は居飛車党が多いのですが、その中でもコテコテの居飛車党がaoba81八段です。振り飛車で対局しているところを見たことがありません。 「最強」「居飛車党」ということで、必然的にA級の○○だという噂になったのですが、当時竜王が「24」で3000点台だと公言していましたので最高R保持者が...

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  • 2008/12/30将棋倶楽部24最高R物語

    対局日:2005年8月29日棋戦:レーティング対局室(早指し)先手:Jyuhappo後手:NARAKU将棋盤初戻る進む終 0手上は2005年8月29日に行われた将棋倶楽部24での歴史的瞬間の棋譜。Jyuhappo八段は今までの強豪達と比べて非常に個性的です。将棋自体は居飛車、振り飛車問わずなんでも指すカッコいい将棋ですが、この方、HN取得時は級位者登録でした・・。dcsyhi八段が活躍している頃は2700台でしたが、その後徐々に点数を...

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  • 2008/12/27将棋倶楽部24最高R物語

    対局日:2002年7月25日棋戦:レーティング対局室(早指し)先手:HAHAHAHAHA後手:konchi3将棋盤初戻る進む終 0手将棋倶楽部24には最高R保持者以外にも将棋ファンを魅了するヒーローがたくさん存在します。将棋倶楽部24の2002年はHAHAHAHAHA八段が史上初の2800超え(七段)を達成しその全盛時代でしたが、同等の棋力を持つユーザーは数名存在しました。そのうちの一人がkonchi3八段です。級位からであれ高段からであろ...

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  • 2008/12/25将棋倶楽部24最高R物語

    対局日:2005年6月29日棋戦:レーティング対局室(早指し)先手:Aug 02後手:I-houshin将棋盤初戻る進む終 0手デクシ伝説より1年が経過したある日、人は神が築いた点数まで昇ってきました。Aug 02八段は居飛車党で強豪の一人でしたが、決して飛び抜けた存在というわけでありませんでした。通算勝率.664は普通の強豪であり、当時の月度十傑を見ても他の強豪と比べて飛び抜けた点数でないことがわかります。(画像は将棋倶楽部2...

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  • 2008/12/23将棋倶楽部24最高R物語

    対局日:2004年6月5日棋戦:レーティング対局室(早指し)先手:HAHAHAHAHA後手:dcsyhi将棋盤初戻る進む終 0手上の棋譜は、将棋倶楽部24で史上最強の誉れが高いdcsyhi八段の最後の対局より。2002年末、将棋倶楽部24に彗星の如く現れ、前人未到だった2900点をあっさりと超え、3000点という奇跡の強さを目指したユーザーが居ました。現在、将棋倶楽部24のトップページに最高R保持者としてネームエントリーされている、Aug 02さん、Jy...

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盤外編⑦ 将棋倶楽部24最高R3000点前史

1998年 最高R保持者は2353点のkintak五段。

1999年 最高R保持者は2577点のyukinyago六段。(2位は2548点でsyunaidar六段)

2000年04月 最高R保持者は2620点でnanakonadeshiko六段。(2654点まで更新)

2000年06月 2663点のyo-suke六段が新最高R保持者。

2000年08月 2690点のnanakonadeshiko六段が再び最高R保持者。(2764点まで更新)

2001年09月 HAHAHAHAHA六段が2765点で最高R保持者となる。

2002年05月13日 HAHAHAHAHA六段が2800点に到達し、将棋倶楽部24史上初の七段。

2002年05月26日 最強の誉れが高かったyo-suke七段が2802点で24最高Rを更新。

2002年06月15日 HAHAHAHAHA七段が2803点で再び最高R保持者。(2808点まで更新)

2002年07月10日 takason七段が2816点で新最高R保持者になる。

2002年08月26日 HAHAHAHAHA七段が2823点でみたび最高R保持者。(2860点まで更新)

2003年01月05日 tamionihonkai七段が2862点で新最高R保持者。(2875点まで更新)

2003年03月18日 dcsyhi七段が2877点で新最高R保持者になる。

2003年12月29日 2898点のdcsyhi七段がHAHAHAHAHA七段に敗れ2900点の大台実現せず。

2004年05月01日 dcsyhi七段が人類初の2900点突破。(相手は奇しくもHAHAHAHAHA七段)

2004年06月05日 800人の観戦者が見守るなかdcsyhi七段が3000点を突破。そして伝説になる。(2位はHAHAHAHAHA七段の2907点)


2000~2001年はnanakonadeshiko六段の全盛時代。2002年はHAHAHAHAHA七段の全盛時代。

将棋倶楽部24の初期設定では2800点以上はあり得ないと判断され「プロ」と表示されるようになっていたそうです。しかし、2700点台が少しずつ現れ始めると、プロかどうかわからない人を「プロ」と表示するのはおかしいということで、急遽2800点以上を「七段」に設定し直したとのこと。

その七段の称号を初めて許されたのがHAHAHAHAHA七段でした。あれから10年以上経ちましたが、現在でもトップクラスとして健在です。

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番外編⑥ ボンクラーズ(bonkras)

bonkras
(3364点)



2011年11月8日午前1時過ぎの真夜中。将棋の歴史を変えることになるそのロボットは始動した。

21時間後に六段、47時間後に七段、59時間後に八段、そして166時間後に同じロボット棋士ponanzaが打ち立てた3211点の記録を抜き去った。

ロボットの名はbonkras。第21回世界コンピュータ将棋選手権の優勝ソフト。

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第十一話 凡百から一番に(akahosi53)

akahosi53
(3183点)



2011年2月14日、将棋倶楽部24の最高R更新をかけた大一番が行われました。

最高R更新まであと4点と迫ったYui ma-ru氏。その注目の大一番に勝ったのはakahosi53八段でした。

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番外編⑤ ロボット棋士(ponanza)

ponanza
参考記録 3188点




第21回世界コンピュータ将棋選手権で5番だった将棋ソフトponanzaは、30秒将棋においては人類で一番強い人よりも遙かに強かった。

人間が10年以上の歳月をかけて創った3178点の記録を、参戦して5日目で塗り替えた。

ponanza 最高R到達時の成績

3200点の大台も、新記録樹立の瞬間から40分後にはあっさり超えた。

もう、人間では誰も止められないのだろうか?3600点まで突き進むのだろうか?

と思いきや・・

ponanzaは入玉に弱かったようだ・・。

ponanza 敗北

開発者サイドもわかっているのだが、それを改善するのはただごとの作業ではないらしい・・。



※上は将棋ソフトponanzaが、3178点から3188点(記録更新)になった時の棋譜。

番外編④ 消えた強豪の謎(Yui ma-ru)

Yui ma-ru





Screen Hero八段の最高R3178点まで、あと3点と迫るユーザーが存在しました。

そのHN名はYui ma-ru氏。

歴代最高R保持者にも連勝し、その強さは紛れもなく最強クラス。

不思議だったのは勝率が4割台であったこと。一番強いはずなのに。

2010年の12月から点数が急激に伸びはじめ、時は2011年2月14日のバレンタインデー♡

レーティング点数を3175点まで伸ばし勝てば24最高R保持者になる大一番。 (上の棋譜)

しかし、対局相手であるakahosi53八段は粘り強い指しまわしで、最高R更新を阻止!

それからすぐに気を取り直して他の対局者ともう一戦交えるも、敗戦。

不思議な話はここからが本番!

その数時間後、Yui ma-ru氏の名前は、将棋倶楽部24の名簿から消えました・・。


別件ですが、その1ヶ月後には将棋倶楽部24第15期名人のY A B A氏も名簿から消えました。 (根拠もなく違う人物とは思いますが)

いったい何が起こっているのかみんなで「?」マーク続出、みたいな・・。

いずれにしても、ハンドルネームがなかったことにされるということは、うーーん、なぞ・・(--;



第十話 将棋倶楽部24の英雄(Screen Hero)

Screen Hero
(3178)




将棋倶楽部24でpameus八段が記録した最高R3172点は、1年の間、誰も到達することはできませんでした。

一年の間誰も破られることがなかった記録というのは、他にはdcsyhiさんの3003点しかありません。3172点が如何に偉大な記録だったというのがわかります。

しかし、将棋倶楽部24の最高Rはいつか必ず更新されます。

pameus八段の偉大な記録も、それを樹立したちょうど1年後に塗り替えられる日が来ました。

新しい最高R保持者の名はScreen Hero八段です。

2010年7月26日に3169点まで昇り上がっていたScreen Hero八段は、2989点だったRei Ayanami_八段に勝ち、3178点の金字塔を打ち立てました。

下は3178点の金字塔を打ち立てた直後のScreen Hero八段の戦績より。

最高R

伝説のdcsyhi八段の数字に見劣りしない、素晴らしい数字です。棋風はオールラウンドプレーヤーでした。


その後2011年3月25日には下の戦績に。 

screenhero 成績

随分と勝率が下がりましたが、これはいったい??

推測ですが、この数値になってみるとdcsyhi八段とは別人のような気がします。 

ところで「Screen Hero」とはどういう意味なのかと考えてみたことがあります。

「Screen=映画の」「Hero=英雄」と直訳したいところですが、Googleで検索してみたところ馬の名前がヒットしました。

馬が好きで、将棋倶楽部24で一番強いとなると・・、うーーん、妄想が広がりそうです。

第九話 ネット将棋の新しい神様 (pameus)

pameus
(3136点)




2002年5月13日にHAHAHAHAHA八段が2800点に到達して以来、将棋倶楽部24全体での最高Rというものが会員の多くに意識されるようになりました。

その後、yo-suke七段が更新し、さらにtakason七段が更新する、といった感じで数点ずつ徐々に徐々に強豪たちの手によって記録は更新されていきました。しかしdcsyhi八段というズバ抜けた棋力のユーザーが登場して、それまでの記録を100点近く更新するという離れ業をやってのけ伝説となったのは有名な話。最高Rの更新が1年以上なかったのはdcsyhi八段の記録だけでしたが、それに匹敵する記録的点数を叩き出したユーザーが現れます。pameus八段がその人です。

pameus八段は2009年5月27日にyomoni-八段の3129点という記録を越え3136点に更新し、同じ日に記録を3151点まで伸ばしたました。その記録は1年間更新されることはありませんでした。(※2010年6月13日にScreen Hero八段が3158点をマークしました)その後7月26日には3172点まで記録を伸ばします。その記録は今でも塗り替えられていません。

pameus八段は普通の六段だった人がメキメキと力を付けてきたというタイプではなく、突如現れ、連勝の山を築き3000点を越えていった彗星タイプです。

対局の内訳もyomoni-八段との直接対決も制していたりとその強さは誰の目にも最強でした。また、1日10局以上指すこともしばしあるパワフルタイプで、その多くが居飛車で戦っています。

今でも時々指しているので伝説のユーザーにはなっていませんが、3172点はdcsyhi八段の3003点に次ぐ偉大な記録ではないでしょうか。


※上の棋譜は2009年5月27日にpameus八段(3125)がstably八段(2989)と対局した時のもので、その対局に勝ったpameus八段は最高R保持者となりました。

第八話 将棋のヨン様(yomoni-)

yomoni-
(3116点)




H-Paris八段が3100点台という前人未踏の得点に達し3ヶ月ほどたったある日、yomoni-八段という超強豪を予感させる方が現れました。
風林火山そのもののような将棋で、デビュー3ヶ月であっさりと24最高Rを樹立します。

H-Paris八段が「24」に来なくなるとyomoni-八段が現れ、その後yomoni-八段が来なくなるとH-Paris八段が復活し、不思議ですが想像の域は超えません^^

さて、最強レベルを相手に勝率8割(2010年11月22日現在は.783に落ちている)、棋風は居飛車が得意なオールランドということで、「羽生名人では?」と思う人が居るのは必然です。そこで、私なりに検討してみました。

そもそも「yomoni-」という言葉は、いったいなんだろうか?
そこでgoogleで「ヨモニー」と検索したところ、パチンコ情報がヒットしまくりました・・。

調べた情報をまとめますと、「冬のソナタ2」というパチンコ台でリーチがかかった時に男の人が「ヨ~モニ~」と叫ぶプレミアム演出があるのですが、つまりそれが「ヨモニー」だと思われます。

ということは、多忙の羽生名人がパチンコをやっているとは到底思えず、yomoni-八段と結びつけるのはやや無理があるようです。


※上の棋譜は2009年3月26日の対局。対局後24最高Rは、H-Paris八段の3113点からyomoni-八段の3116点に更新されました。



※この記事は「将棋の棋書レビュー」に掲載したものをリメイクしたものです。

第七話 伝説再び!? (H-Paris)

H-Paris
(3097)




2004年のデクシ伝説以来、2番手に100点以上引き離すような超人は登場していません。

横行するソフト指しが五段以下の方々から点数を吸い上げてはそれを強豪たちに献上するの繰り返しで、高段のレートはインフレになり3000点越えも今では珍しいことではなくなりました。

2008年5月、当時まだ2700点台ではありましたが勝率9割を超える圧倒的な強さで大物を予感させるユーザーが現れました。その名はH-Paris八段。H-Paris八段の戦いぶりを見た人で、デクシ再来を推測した人は少なくなかったようです。

共通項は比較的多彩な戦型を指せること。居飛車が得意。流行の戦型を指したがる。登場した時にはすでにずば抜けて強く、過去に進化の過程がない。などなどです。

その後勝率は7割台になりましたが、ずば抜けて強いことに変わりはなくデビューから2ヶ月で3000点を超えます。そして来る2008年9月27日、3090点まで点数を伸ばしたH-Paris八段は中飛車の雄e-yazawa4八段に勝ち、その点数は3097点となり将棋倶楽部24の最高R保持者となりました。そしてすぐに前人未到の3100点台に突入します。デビューから5ヶ月弱のことでした。(上が最高R3097点達成の棋譜)

ただ確かに周りに比べて圧倒的に強かったのですが、デクシ八段が当時神の域と言われた2800点を200点超えたのに対し、パリス八段は現在神の域と言われている3000点を100点超えただけですし、倒した超強豪の数もデクシさんに比べると随分少なめです。
ですから、デクシ伝説再来というにはやや物足りない部分があったと思います。

3100点を超えてしばらくの間将棋倶楽部24からは姿を消していたのですが、最近になって再び対局室に現れているようです。虎視眈々と最高R保持者奪還を狙っているのかもしれません。そういえば最高R保持者に返り咲いたという人は居ませんので、パリス八段には是非その偉業を達成してほしいところです。


※この記事は2009年9月12日に「将棋の棋書レビュー」に掲載したものをリメイクしました。

第六話 将棋皇帝(Aleksandros)

対局日:2008年1月27日
棋戦:レーティング対局室(早指し) 
先手:trial and error
後手:Aleksandros

将棋盤

 0




2005年6月29日にAug 02八段が最高R3010点の金字塔を打ち立てた1ヶ月後に破竹の勢いで3008点まで登り詰めて来た184no3310八段という振り飛車党の救世主が現れました。

そして勝てば最高R更新の大一番、そこに居た800人の観戦者は新記録達成の瞬間を今か今かと待ち構えていました。(※下の画像を参照)

しかし、そこに新記録達成の歴史的瞬間はありませんでした。その時、新記録達成を阻止したのがAleksandros八段です。

2003~2004年のデクシ伝説の頃には既にその強さは知られていたのですが、当時は飛び抜けた成績を残していたわけではなく、対局数も少なかったため謎の強豪という感じでした。

ソフト指しが荒れ狂っていた2007年末頃から、まるで世直しを行う王様の如くその強さを披露し、ファンたちを再び高段者対局に魅きつけていきました。対局のほとんどは居飛車で、時折中飛車を見せていました。

そして来る2008年1月27日にtrial and error八段と3000点台同士の頂上決戦を行い、trial and error八段を3000点台から引き摺り下ろします。即座にリターンマッチが行われ、その対局前に3076点であったAleksandros八段はその戦いも制し3089点となり、それまでのsakitama八段がつくった3084点の記録を塗り替え最高R保持者となりました。

上の棋譜はその3089点になった歴史的瞬間のものですが、最後は時間切れで勝負が決してしまったという拍子抜けする一面があります。が、Aleksandros八段が優勢だったというのは大方の一致した意見です。

その後、2008年2月13日に「24」のエースであるHAHAHAHAHA八段を相手に記録更新を賭けて戦いに挑みます、が阻まれました。

ところが戦いはそれで終わりません。即座に同一カードで対局を重ね2勝1敗と勝ち越したAleksandros八段は、記録を3093点まで伸ばします。

その後、日を改めて3度に渡る記録更新を賭けた戦いをHAHAHAHAHA八段に挑みますが全て阻止されました。(どちらが挑んだのかはわかりませんが・・。)
その時の熱き戦いは今でも語り継がれている「24」の伝説となっています。

184no3310.jpg
(2005年7月 3人目の3000点超えを成し遂げた184no3310八段の新記録達成はありませんでした)


※この記事は「将棋の棋書レビュー」に掲載したものをリメイクしたものです。

番外編③ 最強のタイトルホルダー(syunaidar)

対局日:2004年8月30日
棋戦:特別対局室
先手:syunaidar
後手:gerard

将棋盤

 0




将棋倶楽部24の最強者というと、東京道場で華麗な技を披露している高段トップの人達を思い浮かべるのは当然のことですが、レーティング戦とは別に大会が企画されており、そこでの優勝者であるタイトルホルダーなるものが存在します。

知らない方も居るかもしれませんので説明しておきますと、将棋倶楽部24には事前に参加受付を行い開幕後に成績を競い合う棋戦が存在します。最もランクの高いクラスでの優勝者がその棋戦のタイトルホルダーとなる仕組みです。これまで数々の棋戦が開催されてきましたが、現在も継続されているのは名人戦とリレー将棋だけです。

歴代タイトルホルダー

決められた日時に高段者の15分対局が見られる決勝戦はファンにはたまらない企画で、その時ばかりは会場の大阪道場にアクセスが集中します。

東京道場の一番のヒーローは歴代の最高R保持者(HAHAHAHAHA八段含む)のうちの誰かですが、大阪道場の一番のヒーロー、それはsyunaidar七段なのです。

syunaidar七段は、名人、竜王、達人、リ王の全てのメジャータイトルを獲得した実績があり、名人位に至っては24で唯一人の永世名人(通算5期以上)の称号を取得しています。東京道場でのR対局はほとんどやらないので最高得点は2805点(2012年4月13日現在は2844点)です。しかし棋戦での最強者は間違いなくsyunaidar七段であることは誰もが認めているところ。将棋倶楽部24の棋戦での最大の功労者と言っても過言ではありません。

第15期24名人戦ではY A B Aさんに負けてしまったのですが、syunaidar七段がこのままでおさまるような方とも思えないので、第16期24名人戦は盛り上がりが期待できそうです^^


上の棋譜は2004年8月30日に行われた第10回24達人戦の第三局です。
syunaidar名人・達人 対 gerard竜王の組み合わせは将に頂上決戦でした。
2時間に及ぶ大熱戦の末、syunaidar七段は達人位の防衛に成功したのですが、それ以降達人戦は開催されていません><

余談ですが「24」の初代竜王はh.kumeさん、つまり席主さんでした^^

※この記事は2009年1月31日に「将棋の棋書レビュー」に掲載した記事を加筆・修正したものです。

第五話 最強の影武者(sakitama)

対局日:2006年12月21日
棋戦:レーティング対局室(早指し)
先手:terror
後手:sakitama

将棋盤

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将棋倶楽部24にはプロ棋士が普通にログインしていますので、その中で最強のユーザーともなれば誰もが羽生名人であってほしいとの夢と期待を膨らませます。

しかしそれは常に想像の域を超えることはなく、これまでたくさんの夢が夢物語のまま閉幕していきました。

「羽生名人かもしれない」と噂が立つ法則は次の二つの条件を同時に満たすことです。

①異常に強い。最高R保持者なら期待値激高。
②棋風はオールラウンドプレーヤーである。(居飛車が得意)

2006年の12月に最高R保持者となったsakitama八段も居飛車が得意なオールラウンドプレーヤーであり、羽生名人だと噂された一人です。

sakitama八段の場合は羽生名人説を促すもう一つの決定打がありました。

sakitama = サキタマ = 埼玉、そんでもって埼玉県出身の羽生名人だーーーっ!」という論法です^^;

しかし、デクシ伝説以前にsakitama八段は将棋倶楽部24の会員であり、デクシ伝説真っただ中の頃は強豪の一人ではあってもdcsyhi八段より200点くらい点数が下でした。直接対決も実現していますし二人が別人であることは確かで、sakitama八段の羽生名人説は消滅せざるを得ません。

上の棋譜は2006年12月21日にR3062点だったsakitama八段が24最高Rを賭けて戦った時の棋譜です。それまでの24最高Rはaoba81八段の3064点でしたが、この対局で勝利したsakitama八段はR3066点となり、24最高R保持者となりました。その後3084点まで記録を伸ばし、現在でも時々、将棋倶楽部24の東京道場で遊んでいるようです。


※この記事は以前、「将棋の棋書レビュー」に掲載した記事をリメイクしたものです。

番外編② 知られざる最強棋士 (DORA THE KID)

対局日:2003年3月5日
棋戦:レーティング対局室(早指し)   
先手:DORA THE KID
後手:miyakohjihara

将棋盤

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上は2003年3月5日に行われたDORA THE KID七段の21戦目の対局より。

「24」で最強と言うとどうしても八段の強豪に目が行きますが、八段になっていない方でたった一人だけ最強を詠われた方が居ます。
そのHN名はDORA THE KID。初めてその名前を聞く方も多いのではないでしょうか。
それもそのはず。dcsyhi八段が現れて2ヶ月後の2003年2月26日にデビューしているのですが、対局の8割がそれから3日の間に行われたのですから。

詳しく書くと、通算成績24勝1敗(勝率.960) R2749点で25局の対局のうち20局が2月28日までに行われ、折しもデクシ最強伝説が定着しつつある頃に「待った」をかけた形で彗星の如く現れたのです。

対戦相手もcassis八段、4946toyo七段、miyakohjihara七段といった当時の有名な強豪が名を連ねており、最強を詠われるに申し分のない内容でした。(唯一の黒星の相手は、現在も活躍しているsankichi7八段)

総対局数29局が終わるまでに2800を超え、前人未到の「?」付きの「七段」(当時の最高段位)を達成するのではないかと皆の期待は高まりました。しかし2003年3月5日までに23局を終わらせた後、現在に至るまでは2局しか対局していません。

dcsyhiさんの別HNでないかという噂も流れましたが、真相は当然の如くわかりません。一説ではdcsyhiさんの棋風がオールラウンドであったのに対し、DORA THE KIDさんは居飛車一辺倒だったので違う人物だと言われています。

上の棋譜は2003年3月5日に行われたDORA THE KIDさんの21戦目の対局です。

※当時の将棋倶楽部24の段位は2800点以上からが七段で、八段位はありませんでした。

第四話 正統派居飛車党 (aoba81)

対局日:2006年2月5日
棋戦:レーティング対局室(早指し)
先手:aoba81
後手:HAHAHAHAHA

将棋盤

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将棋倶楽部24の「最強」は居飛車党が多いのですが、その中でもコテコテの居飛車党がaoba81八段です。振り飛車で対局しているところを見たことがありません。

「最強」「居飛車党」ということで、必然的にA級の○○だという噂になったのですが、当時竜王が「24」で3000点台だと公言していましたので最高R保持者が竜王の実力に匹敵するような人だと推測されるのは事実はどうであれ致し方のないところ。

現在、高段者タブの中で最高R保持者は段位のところに「最強」と表示されていますが、これが初めて適用されたのがaoba81八段です。
aoba81八段はデクシ時代の末期にデビューしており、当時からすでに高段者の中でも強い人として認知されていました。現在の勝率が.744であることを考えても当然のことと言えます。

最高Rを賭けた対局の相手はHAHAHAHAHA八段でした。初代七段のHAHAHAHAHA八段は「最強」になるための登竜門のような御方で、HAHAHAHAHA八段より強ければ「最強」候補として皆の信頼を得る様な風潮が「24」にはありました。そしてなぜか謀ったように最高Rを賭けた大一番には(この対局のみならず)タイミングよくHAHAHAHAHAさんが現れます。 

さて上の棋譜が2006年2月5日に最高Rが更新された時のものです。
対局前の点数は、aoba81八段が3027点で、HAHAHAHAHA八段が2886点でした。
それまでの最高RはJyuhappo八段の3035点でしたが、この対局で勝利したaoba81八段が3037点となり最高R保持者となりました。その後3064点まで24最高Rを伸ばしました。

第三話 アナーキーな最強棋士 (Jyuhappo)

対局日:2005年8月29日
棋戦:レーティング対局室(早指し)
先手:Jyuhappo
後手:NARAKU

将棋盤

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上は2005年8月29日に行われた将棋倶楽部24での歴史的瞬間の棋譜。

Jyuhappo八段は今までの強豪達と比べて非常に個性的です。

将棋自体は居飛車、振り飛車問わずなんでも指すカッコいい将棋ですが、この方、HN取得時は級位者登録でした・・。

dcsyhi八段が活躍している頃は2700台でしたが、その後徐々に点数を伸ばしました。

そして来る2005年8月29日に、3007点だったJyuhappo八段は上記の棋譜を残し3012点となり最高R保持者となりました。

dcsyhi八段やAug 02八段と違い、Jyuhappo八段はそこからさらに高い点数を追い求めました。
そして3035点まで記録を伸ばし、将棋ファンを喜ばせていたのですが・・・。

3035点を引っさげて更なる記録をかけた対局に負け、そこからものすごい勢いで点数が大暴落。2500台まで下げました。

その理解不能な行動は、ユーザーが変わったと評されたものです。

Jyuhappo八段は現在でもたまに対局していますが、再び最高Rを超えるとか、そういう類の目立ち方はしていません。謎が多い方です。

上の棋譜はゴキゲン中飛車の超急戦ですが、確かにあの頃21手目の▲7五角や26手目の△5四歩が流行っていました。時代がよく反映されている棋譜です。

このJyuhappo八段も歴代最高R保持者の類に洩れず羽生名人のHNだとする噂が流れましたが、上記の奇行ぶりから私の見解としては羽生名人でないと断言します。

番外編① 御機嫌なユーザー

対局日:2002年7月25日
棋戦:レーティング対局室(早指し)
先手:HAHAHAHAHA
後手:konchi3

将棋盤

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将棋倶楽部24には最高R保持者以外にも将棋ファンを魅了するヒーローがたくさん存在します。

将棋倶楽部24の2002年はHAHAHAHAHA八段が史上初の2800超え(七段)を達成しその全盛時代でしたが、同等の棋力を持つユーザーは数名存在しました。

そのうちの一人がkonchi3八段です。級位からであれ高段からであろうと、誰の挑戦でも構わず受けて連勝の山を築いて消えていく、そんな勇ましい姿が今となっては懐かしい思い出です。なんといってもトレードマークはゴキゲン中飛車でした。

将棋倶楽部24で「最もゴキゲン中飛車がうまく」「HNがkonchi3」で「地域がNi-gata」なのだから、元祖であることを疑うなと言う方が無理な話ですが真相は当然わかりません。
元祖は後に行われた近代将棋道場の近将カップの折、ネット将棋はやったことがないと言ってました。

みんな最強クラス同士の対局を観たいのでkonchi3さんが対局室に入ると期待して待っていたのですが、対局が始まり観戦に行くと級位者と遊んでいるというのがよくある光景でした。

上の棋譜は当時5本指に入ると言われた実力者同士が激突した、将に頂上決戦の貴重な棋譜です。
対局日は2002年7月25日ですが、この対局をリアルタイムで見ていた私は夢の競演の実現にとても感動しました。

16手目△3三同桂となる形で角交換を誘ったり、26手目の△2五桂ポンなど美しいゴキゲン中飛車です。

第二話 そして、人間は追いついた (Aug 02)

対局日:2005年6月29日
棋戦:レーティング対局室(早指し)
先手:Aug 02
後手:I-houshin
将棋盤

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デクシ伝説より1年が経過したある日、人は神が築いた点数まで昇ってきました。

Aug 02八段は居飛車党で強豪の一人でしたが、決して飛び抜けた存在というわけでありませんでした。

2005年月度十傑

通算勝率.664は普通の強豪であり、当時の月度十傑を見ても他の強豪と比べて飛び抜けた点数でないことがわかります。(画像は将棋倶楽部24の月度十傑2005年6月より)

普通の強豪でしたがある日突然最高Rの期待がかかりだした、そんな感じだったと記憶しています。

高段の点数のインフレが言われる時、それは正しい。ソフト指しが蔓延ったことが原因のひとつとして考えらます。

2600~2700点のソフト指しが増えたことにより、将棋ソフトより強いトップクラスのユーザーはR点数獲得のチャンスが増大し、2800点以上の人の増加が加速したというのは有力な説です。(この記録の約半年後に会員登録抹消になったソフト指しの月度十傑ランクインが確認されている。)

上の棋譜は2005年6月29日に行われたAug 02八段のレーティング戦最後の対局より。

この時Aug 02八段は2998点で、対局相手のI-houshin八段は2887点。

I-houshin八段はこの時期を代表する超強豪で、右玉が有名な特徴ある方でした。

その対局に勝ったAug 02八段の点数は3010点となり、約1年ぶりに将棋倶楽部24の最高Rを更新しました。

第一話 神になったユーザー (dcsyhi)

対局日:2004年6月5日
棋戦:レーティング対局室(早指し)
先手:HAHAHAHAHA
後手:dcsyhi

将棋盤

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上の棋譜は、将棋倶楽部24で史上最強の誉れが高いdcsyhi八段の最後の対局より。

2002年末、将棋倶楽部24に彗星の如く現れ、前人未到だった2900点をあっさりと超え、3000点という奇跡の強さを目指したユーザーが居ました。

現在、将棋倶楽部24のトップページに最高R保持者としてネームエントリーされている、Aug 02さん、Jyuhappoさん、sakitamaさんも当時は最高で2800点にとどくかとどかないくらいの点数でした。

当時、2800点を超えているユーザーは、簡単に数えられる程度しか居ませんでした。

そのため、dcsyhiさんの対局はトップクラスのユーザーに勝利しても5点前後の点数しか増えず、負けると25点前後を持って行かれるという過酷な状況でした。

相手はアマトップクラスか、それ以上の実力を持つ人たちばかり。

しかし、dcsyhiさんは最高Rを更新し続けました。

dcsyhiさんが将棋倶楽部24に現れると、皆がいつ対局が始まるのかと更新ボタンを連打しまくるので、東京道場全体が重たくなるのは常でした。確かその対策で高段者タブが新たに増設されました。

対局が始まるとあっという間に観戦者は800人の定員に達し、東京道場のあるサーバーに負荷がかかり過ぎて対局画面の指し手にdelayが連発するあの状況は、今となっては懐かしい出来事。

ネット将棋史上、最高の人気ユーザーで、最強の実力者でした。

そして、dcsyhiさんは2004年6月5日に3000点の大台を賭けて対局に挑みました。

800人の観戦者は歴史的瞬間の証人になるべく、その対局を固唾を呑んで見守りました。

dcsyhiさんはその対局に勝ち、我々がずっと期待していた将棋倶楽部24で初の3000点超えを実現しました。(3003点)

その対局を最後に、dcsyhiさんが対局することはありませんでした。

当時のフィーバーぶりを知るほとんどの人は、今でもdcsyhiさんが最強だと信じているはずです。

通算成績168勝39敗1分 勝率0.812 

あの強さはもはや伝説となり、神になってしまったのもしれません。


※上の棋譜の対局相手のHAHAHAHAHAさんは、将棋倶楽部24で初めて2800点超えの偉業(2002年5月)を達成したユーザー。当時は七段という段位がなく、HAHAHAHAHAさんが2800点間近になった時、初めて七段が設定されたそうです。

※上の記事は2018年7月2日に加筆修正を行いました。
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