カテゴリ:阪田大吉 棋力向上の軌跡

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  • 将棋倶楽部24で二段になった感想

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    2013/10/30

    阪田大吉 棋力向上の軌跡

  • 将棋倶楽部24の初段になるまでの軌跡 後編(そして初段へ)

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    2011/09/04

    阪田大吉 棋力向上の軌跡

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    2011/06/17

    阪田大吉 棋力向上の軌跡

  • 将棋倶楽部24の初段になるまでの軌跡 後編(飛躍の原動力)

    3・5・7手実戦型詰将棋-基本手筋をマスターし、級から段へ (池田書店 将棋シリーズ)posted with ヨメレバ飯野 健二 池田書店 2006-03-02 Amazon楽天ブックス まず最初に、将棋倶楽部24で3級だった私が、どうやったら4年もの間、毎日将棋倶楽部24にアクセスしていたにもかかわらず、棋力向上することがなかったのかを書いておきます。対局は早指し(30秒将棋)、感想戦はやらない(やった...

    2011/05/18

    阪田大吉 棋力向上の軌跡

  • 将棋倶楽部24の初段になるまでの軌跡(前篇第二部)

    定跡書から受けた知識を試す場はもちろん将棋倶楽部24だったのですが、その中でもフリー対局室を利用しました。 フリー対局室を利用した理由は、レーティング対局室で新しい戦法を練習すると点数が下がり、それを元の点数にもどそうと得意の形で勝負したらまた負けて、さらに点数を取り戻そうと・・、といった感じで熱くなり何の練習なのか本末転倒になってしまうからです。(将棋倶楽部24には点数にこだわりたくなる不思議なマジ...

    2011/04/26

    阪田大吉 棋力向上の軌跡

  • 将棋倶楽部24の初段になるまでの軌跡(前篇第一部)

    将棋倶楽部24で4級になってから3級になるまでは1年ちょっとの間がありました。 ツノ銀中飛車を得意技にしたのはいいのですが、当時すでに「消えた戦法」扱いされており、新品の定跡書が手に入る状況ではありませんでした。 消えた戦法の謎―あの流行形はどこに!? (MYCOM将棋文庫)posted with ヨメレバ勝又 清和 毎日コミュニケーションズ 2003-05 Amazon 将棋を教えてくれる...

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    阪田大吉 棋力向上の軌跡

  • 将棋倶楽部24の初段になるまでの軌跡(序章)

    将棋世界の付録である沼春雄先生の「攻めるツノ銀中飛車」を読み、はじめて得意戦法というものを身に付た私は、将棋倶楽部24で5級突破にとどまらず、一気に4級まで駆け上がりました。 4級になったのは5級になってから1ヶ月ほどでしたが、その間のレーティング戦の対局数は20局もなかったと記憶してます。 こう書くと、5級も4級も強さはいっしょかな?と思われるかもしれません。確かに似たようなものなのですが、4級の...

    2011/03/22

    阪田大吉 棋力向上の軌跡

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    将棋倶楽部24で10級デビューだった私は7ヶ月で6級まで上がりました。早くもなければ遅くもない、普通の成長スピードだったと思います。得意技は原始棒銀となんちゃって左美濃で、それもありがちではないでしょうか。6級(950以上)になってから1000点までは速攻で到達したのですが、1050点オーバーの挑戦は二度拒まれました。「1050点付近に壁がある」というそのあたりの棋力の人達によって作られた伝説があ...

    2010/12/25

    阪田大吉 棋力向上の軌跡

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    将棋倶楽部24の5級になるまでの軌跡(前編) ←前回の話はこちら 8級になってからその棋力の向上は2~3ヶ月の間一進一退が続いていたようです。正確には点数を落とすのが嫌で対局数が減ったというのが真相です。 「点数を落とすのが嫌」というのは、将棋倶楽部24の場合同じくらいの棋力の人と指すと勝てば16点もらえ負ければ16点もっていかれるのですが、負けてしまうと点数を戻すためにはもう一回指してしかも勝たな...

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    阪田大吉 棋力向上の軌跡

  • 将棋倶楽部24の5級になるまでの軌跡(前編)

    将棋倶楽部24の10級になるまでの軌跡 ←前回の話です。 友達にすすめられた将棋倶楽部24をはじめて私が最初に定着した級は10級でした。 次の一手問題などの将棋の本はその正解率で簡単に「有段の棋力有り」とか判定してくれるものが多いので、てっきり自分は強いのだろうと思っていましたが、将棋倶楽部24で遊ぶことで初めて現実に直面した次第です。 余談ですが町道場に行ったことなく将棋倶楽部24も知らないという人...

    2010/09/26

    阪田大吉 棋力向上の軌跡

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将棋倶楽部24で二段になった感想

阪田大吉 棋力向上の軌跡
少し前に将棋倶楽部24のR戦を久しぶりに再開して二段になりました。

初段になって4年以上経っていて、その間は将棋倶楽部24のR戦をほとんどやっていなかっただけなので、二段相応の棋力はあるだろうと思っていました。

R戦再開後は自分の予想と裏腹に苦戦しましたが、最高Rを3週間で100点ほど更新して二段に到達しました。

将棋倶楽部24の初段になるまでの軌跡 後編(そして初段へ)

阪田大吉 棋力向上の軌跡

話を引っぱった感もあった「将棋倶楽部24の初段になるまでの軌跡」ですが、今回で完結します。

その前に、私が初段になる前に読んで序盤力の向上を実感させた本を紹介しておきます。その本のタイトルは「鈴木大介の将棋 中飛車編」です。

それまで発売されていたゴキゲン中飛車の定跡書は初段以下のレベルでは書かれているような局面に遭遇することが少なかったです。しかし「鈴木大介の将棋 中飛車編」には初段以下のレベルでも遭遇するような局面がたくさん書かれてありました。

私の棋力付近で中飛車を使う人は少なかったのですが、「鈴木大介の将棋 中飛車編」が発売されてから増えたように思います。その数ヶ月後将棋世界で「鈴木大介の将棋 中飛車編」がグレードアップした「大ちゃんの時代はパワー中飛車」が連載されてからは私の棋力付近でも中飛車だらけになりました^^;やはり将棋世界の影響力は偉大です^^;

なんにしても、「鈴木大介の将棋 中飛車編」が私の初段実現に有効だったのは事実です。(相振りの項目は私向きではなかったが、他は本当に役に立った by大吉の本音)


「将棋倶楽部24の初段になるまでの軌跡の後篇は本の紹介ばかり続くな・・・」と思った方は鋭い!

その通りなのです!

万年3級(最高2級)だった私が初段になった最大の原動力は、それまでほとんど読むことなかった将棋の本を次から次に読み始めたことなのです!

特に詰将棋と寄せの問題集を徹底的に読んだのですが、その後実戦で終盤を迎えるのが楽しいこと^^♪

他に変わったことというと、それまで将棋倶楽部24の30秒将棋やヤフー将棋の5/5ばかりをやっていたのですが、持ち時間15分の将棋を1日平均1局くらいですがやるようになりました。

何も考えずに指しても将棋は強くなることがない、それが4年半に渡る万年3級のキャリアを持ちその後初段昇段を実現した私の結論です。

「将棋で初段になるための方法」というと、短期間ですぐに強くなれる方法を期待される方が多いですが、特別な秘儀など存在しません。そんなのがあれば、このインターネットなご時世、とっくの昔に有名になっているはずですし、簡単になれるのならば誰もそんなものになりたいと思いません。

将棋の上達で実戦が一番大事なのは言うまでもないのですが、実戦だけやっても将棋倶楽部24の4~5級止まりです。

そこにプラスアルファを付けていくこと、それが棋力向上への一番の近道だと思います。

よくよく考えると当たり前のことなのですが、今やっていることで無駄を省き、その分有効なものを取り入れれば進歩します。

何も考えずに反射的に指す対局を減らして、その分詰将棋や次の一手問題をやって考える力を養えば強くなるのも必然です。

将棋の上達法はいろいろあるのですが、当時万年3級の私がやったのは以下のことでした。

将棋倶楽部24の初段になるまでの軌跡 後編(飛躍の原動力2)

阪田大吉 棋力向上の軌跡

前回は詰将棋の重要性を書きました。棋歴は長くとも将棋倶楽部24の2~3級止まりという方で、詰将棋をやっていない場合は原因はそこにある可能性が高いです。私の場合がまさにそれで、詰将棋を解き始めて半年ほどで初段に上がりました。その間3手詰め以下を除いて12冊分の問題集を解き終えたようです。ほとんどが11手詰め以下のものばかりです。

さて、私が初段になる最大の原動力は詰将棋を解き始めたことだったのですが、実は寄せの問題集も10冊くらい解きました。

将棋倶楽部24の初段以下は、終盤力の差が勝敗をめちゃめちゃ大きく左右します。初段以下の場合、寄せの基本を知ることは、9手詰めを解けることよりも重要です。

実は私は詰将棋は嫌いだったのですが、寄せの問題集を解くことは嫌いではなく3級の頃までに数冊読んでいました。(「寄せの手筋168」など含む)だから、5手詰めにも苦戦している状況なのに3級になれていたのだと思います。

寄せの手筋をたくさん知っていれば、「これで勝ちだろう」という推測が得られやすくなります。そこに詰将棋力という「読みの力」が加われば「これで勝ちだ」と確信に変わり勝率がグッと上がってくるわけです。

将棋倶楽部24の1~5級の方で寄せの問題集購入を検討している場合は「寄せの手筋200」が一番のお勧めです。初段になるという意味ではその本より優れた寄せの問題集を私は知りません。

ところで、私が3級から初段になるまでの間に最も棋力向上を実感できた本はと言いますと「凌ぎの手筋186」です。

初めて読んだのは将棋倶楽部24で2~3級の頃でした。当時はまだ詰将棋の本を5~6冊しか読んでなかったこともあって1問1問を解くのにはとても苦労しました。

最初の70問は詰将棋問題のような部分図なのですが、一見詰みのある問題図は全て唯一の逃れ筋があり、それを見つけるのが当時はかなりの苦労を伴いました。しかし、その70問全てを自力で解き上げた後、将棋倶楽部24で2級の人となんど対局しても相手の終盤力が弱く思えたのを覚えています。

「この人、なんで絶版されてる本を紹介するんだ~?」と思われるかもしれませんが、事実だからしょうがありません^^;
「寄せの手筋200」と「美濃崩し200」を出した浅川書房に期待するしかないのですが、実戦形の7~11手詰めが主体になった詰将棋の本を2冊くらい読めば同等の効果は得られると思います。

上の話で強調しておきたいことは、良い問題集を「強くなる」という志のもと少々の苦労を伴い解き終えた努力は棋力向上と関連性が高いということです。

やはり、今より強くなるためには今より少しだけ困難に思えることにぶち当たらないと強くはならないようです。

ただし、30分考えても解けないような問題が並ぶ問題集は絶対に読まないでください。(棋力向上を抜きにして、そういうのを読むのが好きな方は別ですが。)そんなもん解いても嫌気がさすだけで棋力向上なんてありません。

私がブログを立ち上げた時から言っていたのですが「自分のレベルにあった棋書を読むのが棋力向上への近道」なのです。

私にとっては1問あたり平均5分~10分くらいで解くことができる問題集、そういうのが棋力向上には一番良かった気がします。


オマケとして私が初段になる5ヶ月前(2009年12月)の棋譜を少しばかりの解説と共に公開します。特別な棋譜ではありません。当時の日常の私の表現がその棋譜にはあると思います^^

将棋倶楽部24の初段になるまでの軌跡 後編(飛躍の原動力)

阪田大吉 棋力向上の軌跡

まず最初に、将棋倶楽部24で3級だった私が、どうやったら4年もの間、毎日将棋倶楽部24にアクセスしていたにもかかわらず、棋力向上することがなかったのかを書いておきます。

対局は早指し(30秒将棋)、感想戦はやらない(やったとしても勝局のみ)、詰将棋は全くやらない、この三原則をしっかりと守ると、棋力向上とは縁のない人間になることができます^^!

私は3級になってから4年もの間、この三原則を遵守していました(T_T)

当時の私は詰将棋と聞くと、からだ中にアレルギーが発動し、拒絶反応を起こしていました。

有名な「5手詰ハンドブック」さえも、「4問分も自分が考えた解答は覚えれない」「そもそも10分考えても全くわからんものが次々出てくる、耐えられなーーーい」、という状況で50問くらいといた時には気力も尽き、お蔵入りという状況でした。

将棋は趣味だし、無理して強くなることもないと、半ば棋力向上をあきらめていました。

ある日、本屋で一冊の詰将棋の本を手にしました。

その本のタイトルは「3・5・7手実戦型詰将棋」(飯野健二 著)

「捨て駒」「邪魔駒消去」といった技をかけないと正解にはたどり着けないのですが、簡単なので次々に解きたいという気持ちになったのです。そして、読破した暁には「次の問題集を解きたい」という気持ちになっていました。それまで詰将棋が大嫌いだった心境から一転して。

その本を読んでから将棋倶楽部24で初段になるまでの期間は10か月くらいでしたが、その間に私は15冊くらいの詰将棋の本を読破しました。そのことが読みの力と終盤の正確性を強化し、棋力向上の大原動力となったのはまちがいありません。

毎日のように実戦をやっているのに初段になれずに棋力の伸びが停滞している、という人は詰将棋を継続してやってみることをお勧めします。実戦が一番重要なのはまちがいないのですが、詰将棋という将棋の基礎体力作りもなかなか有効だったりします。

正解手を見つけ出す訓練もせずに、間違った手ばっかりをパッパと指す訓練にいそしんでいたのでは、いつまで経っても最善手を指せるようにならないのは、ある意味当然とも言えます。

「5手詰ハンドブック」がスラスラ解けるくらいでないと、とてもじゃないですが将棋倶楽部24の初段は無理です。

私が初段になるまでの間、読破した詰将棋の本で難しいものは少ないです。逆に難しすぎるものは避けていました。なぜなら、難しすぎるものは読む気が起らず、やる気を削がれるだけだからです。9手詰めを解くことがあまり苦にならないという感覚になった時には、将棋倶楽部24の初段の域に達した、そんな感じでした。

私の場合「3・5・7手実戦型詰将棋」と出会い、詰将棋が好きになりました。最初は簡単な本から入るのが、長続きのコツだと思います。このブログのサイドバーカテゴリに、詰将棋の本はレベル分けしてまとめていますので、それが棋書選びの一助になり、そして棋力向上の一助になれば幸いです^^

次回も棋力向上の要因第2弾について書く予定です。

将棋倶楽部24の初段になるまでの軌跡(前篇第二部)

阪田大吉 棋力向上の軌跡
将棋倶楽部24

定跡書から受けた知識を試す場はもちろん将棋倶楽部24だったのですが、その中でもフリー対局室を利用しました。

フリー対局室を利用した理由は、レーティング対局室で新しい戦法を練習すると点数が下がり、それを元の点数にもどそうと得意の形で勝負したらまた負けて、さらに点数を取り戻そうと・・、といった感じで熱くなり何の練習なのか本末転倒になってしまうからです。(将棋倶楽部24には点数にこだわりたくなる不思議なマジックがある)

なおフリー対局室で遊ぶ場合は、ゲストIDで入場することをお勧めします。

管理人さんの努力により将棋倶楽部24のレーティング対局室は暴言が最も少ないネット将棋サイトになっているのですが、フリー対局室の方はかなり荒れてます。入場している人の9割はゲストIDです。レーティング対局室が厳正に取り締まられた分、その反動がフリー対局室に集約された、まるでそんな状況なのであります^^

さて、毎日平均すると3局くらいは将棋倶楽部24のフリー対局室で指していたと思います。そして指し終わった後はその棋譜を「激指」で棋譜解析していました。他にも近藤先生の著書三冊(全部ゴキゲン)にも目を通しました。

ゴキゲンを覚えている最中、もとのまま居飛車で指し続けていれば、もっと早く初段に近づけるはずなのにと思ったこともありました。

しかし、めげずに中飛車ばかりさし続けて1年ほど経った時、ようやく中飛車一本で3級に昇級しました。

この棋力の上昇度合いが速いのか、遅いのか、判断は人それぞれかもしれません。

現在の自分の視点からの結論を述べると、遅くもなければ速くもない妥当な成長速度だったと思います。

得意戦法の変更は棋力が上がれば上がるほど難しくなるようです。例えば居飛車のプロが振り飛車に転向したりすることはめったに聞かない話で、その逆も然りです。

戦法を変えるということは序盤だけでなく、中・終盤の試合運びも変わるので、新しい戦法を使ってもとの棋力と同等になるためには、もとの棋力が高ければ高いほど努力が必要になるという理屈です。

では、どうやればもっと速く棋力向上を実現させることができたのか、当時の良くなかったやり方をピックアップしてみました。


●30秒将棋ばかりやっていた。

●感想戦(激指による棋譜解析)は勝局しかやらなかった。

●定跡書などを読むときに手順を盤上に並べることはなかった。


誤解を恐れずに書きますと、棋力向上を望むならば、早指し対局はやめた方がいいです。若ければ一概にそれはあてはまらないかもしれませんが、おじさん・おばさんを自覚している人には、まず例外はないでしょう^^;(もちろん、毎日指しているのならば、早指しでも微弱には棋力向上はあると思います。でも効率が悪すぎるのです)

将棋は考えるゲームなのですから、考えずに指しても強くはならないようです。

次に、感想戦ですが、自分の正しさばかりが強調された勝局の棋譜を見直しても、自分に酔いしれることはできても、肝心な改善個所を見つけにくいです。負けた対局こそ、自分の間違いに気づくことができる棋力向上のチャンスだと思います。

そして将棋の勉強をする際、詰将棋などの問題集を解く場合は別にして、棋譜を見る場合は必ず盤・駒を使うべきです。PC上の盤・駒でもいいです。当時の私のように弱い者が頭の中で棋譜を並べても、そこに現れる手筋等の記憶の整理は不可能です。棋譜を見る際は盤・駒を使って目で確認する方が記憶を整理しやすいと思います。

今述べたことは、よく言われていることです。しかし、それを実践し、続けているならば、将棋倶楽部24の初段程度になれないわけがないのです。

私は将棋倶楽部24の初段になりましたが(もう二年前の話なので実は棋力が上がっているかも)、当時と今の大きな違いの一つは、棋譜を見る時、盤と駒を使うようになりました。他の二点がクリアできたならば、おそらく二段・三段への道が開かれているのだろうと確信しています。

なんにしても、将棋倶楽部24で3級になってから後3年間、上述のよく言われているやり方を実践できず、点数は1300点前後を停滞していたのは事実です。

次回はいよいよ、棋力停滞の壁を突き破りジャンプアップして初段になっていった過程を書き綴ろうと思います、が、いつになるかわかりません^^;

将棋倶楽部24の初段になるまでの軌跡(前篇第一部)

阪田大吉 棋力向上の軌跡
将棋倶楽部24

将棋倶楽部24で4級になってから3級になるまでは1年ちょっとの間がありました。

ツノ銀中飛車を得意技にしたのはいいのですが、当時すでに「消えた戦法」扱いされており、新品の定跡書が手に入る状況ではありませんでした。


将棋を教えてくれる人は周りに居ないし、定跡書も手に入らない。こうなると棋力の伸び悩みも、今の視点から見るとある程度は仕方なかったように思えます。

当時、将棋倶楽部24での私がどういう状況だったのか説明しておきます。

当時は四間飛車が全盛で、すくなくとも私の棋力周辺で他の振り飛車を使う人はとても希少でした。

そういった背景もあり、、沼春雄七段の将棋世界付録「攻めるツノ銀中飛車」に書かれていた手筋は、おもしろいように炸裂することが多かったのは事実です。(相手があまり知らない戦法という意味で)

しかし、さすがは将棋倶楽部24。5級もなれば、なぜツノ銀中飛車が消えたのかをご存知の方も多く、こちらが真ん中に飛車を振ると一目散に穴熊に組み、その展開になると大苦戦必至でした。(※ツノ銀中飛車は金銀が左右に分散しているので、相手が穴熊だと終盤に堅さ負けする)

今思えば、私の穴熊嫌いはその頃育まれたのかもしれません(^^ゞ

そんなある日、私の中で知識になりつつある一つの概念がありました。

居飛車穴熊に負けない戦法。その名は・・、ゴキゲン中飛車!

正確には居飛車穴熊に組ませないのですが、なんにしても初志貫徹へのまるで作ったような道筋がそこにありました。

当時はゴキゲン中飛車がブレイクして数年経っていましたが、私の棋力周辺でゴキゲン中飛車を指している人なんて、ほとんど居ませんでした。現在は級位でも中飛車を指す人は結構います。

その差を私なりに現在の視点から分析してみました。

●中飛車の基本はツノ銀で応用がゴキゲン。基本を身に付けにくい状況で応用を身につけるのは難儀。

●「鈴木大介の将棋 中飛車編」と将棋世界講座「大ちゃんの時代はパワー中飛車」で中飛車ブーム加速

●流行してる期間が長くなれば、多くの将棋ファンに浸透するのは必然。


上に書いた分析は、私の独断なのですが、当時中飛車、ましてやゴキゲンを指す級位者なんて少なくとも将棋倶楽部24にほとんど居なかったのは事実です。

その状況の中で、1冊の定跡書が私の中飛車会得への意欲を助長します。

その本の前書きにはこう書かれてありました。

『この新型中飛車の生みの親が近藤さんの「ゴキゲン中飛車」であれば、それを研究、そして定跡・体系化を進めたのが私の「豪快中飛車」で、いわば育ての親であると思うのだ』

「豪快中飛車?ん?ゴキゲンじゃないのか?」「それにしてもこんなおもしろい文章、将棋の本で初めて見た」というのが、当時の私の心境です。

その本のタイトルは「鈴木流豪快中飛車の極意」。そして著者の名前は鈴木大介八段。


その本の前半部分に5筋位取り中飛車が解説されてあるのですが、そこが私の感性にはドンピシャリで、現在でも私の一番の得意形です。というか、その部分しか会得出来てません(^^ゞ

鈴木先生の中飛車の本はワンサイドゲームになる手順が多く、実戦で使える筋がてんこ盛りだったりして、中飛車をこれから覚えようという方にはおすすめなのです。

ついでにもう一冊、「なんでも中飛車」という本が参考になりましたので紹介しておきます。


この本、帯にデカデカと「有段者の方は読まないでください。」と書かれてあるが有名なのですが、いやいや、第3章の相振り飛車のパートなどはとても参考になりました。他にも第1章には5筋位取り中飛車が、第2章にはツノ銀中飛車が解説されており、前述の鈴木先生の本よりもむしろ「なんでも中飛車」の方が影響を受けたかもしれないです。

長くなりましたので、続きは次回にします。お楽しみに^^!

将棋倶楽部24の初段になるまでの軌跡(序章)

阪田大吉 棋力向上の軌跡
将棋倶楽部24

将棋世界の付録である沼春雄先生の「攻めるツノ銀中飛車」を読み、はじめて得意戦法というものを身に付た私は、将棋倶楽部24で5級突破にとどまらず、一気に4級まで駆け上がりました。

4級になったのは5級になってから1ヶ月ほどでしたが、その間のレーティング戦の対局数は20局もなかったと記憶してます。

こう書くと、5級も4級も強さはいっしょかな?と思われるかもしれません。確かに似たようなものなのですが、4級の方が微弱に強いのも確かです。

この「微弱」がくせもので、この微弱な強さを手に入れるために一層の努力の物語がそこにあったりするわけです^^;

余談ですが、当時、将棋倶楽部24の掲示板に「5級になるまでは苦労したけど、5級になってからは初段まですぐなった」旨の書き込みがありました。

それを読んだ私は、素直にそれを信じて「うん、うん、そうだろう、私もすぐ4級になった」とか思って、「もう初段の人と実力はさほど変わらない」と超前向きだったのですが・・。

4級になってからは、点数の伸びは停滞(T_T)

「6級よりは遥かに強い!」「本気を出せば初段と互角!」でも、その実態は1200点前後(4級)をうろうろしている将棋ファンがそこに居た、それが真相でした^^;

じゃあ、なんで、5級から4級にすぐ上がったり、24の掲示板には5級から初段にはすぐなれた旨の書き込みがあったんだ?と思われるかもしれません。

まず、私は5級から4級にはなる際そこに苦労はありませんでした。それは事実です。しかし、以前の記事に書いたように6級から5級になる際の3ヶ月間、ツノ銀中飛車を覚えるためにフリー対局をガンガンやっていた反面、レーティング対局は全くやっていませんでした。

つまり、将棋倶楽部24の点数上は5級から4級にすぐなったような錯覚があるのですが、6級から5級になるまでの間に、4級にための努力も実はそこにあった、ただそれだけのことなのです。

次に、将棋倶楽部24の書き込みの「5級から初段にはすぐなれた」の件ですが、その方も5級になるまでは苦労の認識があっても、そこから初段になるまでの間は、将棋が楽しくて苦労という認識ではなかった、それだけのことだったのだろうというのが、実際に初段になってみてからの私の解釈です。

いずれにしても、将棋倶楽部24の5級と初段には明らかな実力差があり、私の場合、そのレベルアップのために5級になるため以上の将棋に対する熱意が必要とされた、そういう結論なのです。

これまで、すごい勢いで強くなった人を何人も見てきましたが、そういう人は例外なく将棋に対する熱意がすごい人達でした。将棋の強さと将棋に対する熱意はほとんど比例していると思います。

しかし、ハンゲーム将棋弐とヤフー将棋では将棋の話が全く出来ないのに、その指し手は全ての定跡に明るく、数秒で指すその終盤の一手は恐ろしく正確な超人を時々見かけました。現実の将棋大会でそういう人を見かけたことはありませんが^^;

さて、長くなりましたので、4級になってからその後の私の棋力向上の軌跡については、次の機会に書かせて頂きます。御期待下さい^^!

将棋倶楽部24の5級になるまでの軌跡(後編)

阪田大吉 棋力向上の軌跡
将棋倶楽部24

将棋倶楽部24で10級デビューだった私は7ヶ月で6級まで上がりました。早くもなければ遅くもない、普通の成長スピードだったと思います。得意技は原始棒銀となんちゃって左美濃で、それもありがちではないでしょうか。

6級(950以上)になってから1000点までは速攻で到達したのですが、1050点オーバーの挑戦は二度拒まれました。「1050点付近に壁がある」というそのあたりの棋力の人達によって作られた伝説があるのは、知る人ぞ知る話です。

将棋倶楽部24では「初心~11級」「10級~6級」「5級~1級」「有段(高段含む)」「高段」とタブが分けられ、そのタブの中ではレーティング対局を行っている人から点数順にユーザー名が並んで表示されています。そしてタブの1番上で戦っている人の対局場には人だかりが出来るという宿命があるのです。

例えば四段同士の対局に人だかりが出来ることはありませんが、それよりも棋力が低い11級トップ、6級トップ、1級トップの対局には10人前後の人だかりが自然発生的に出来るのです^^;(※高段トップの対局には200人前後の人だかりが出来ます)

観戦者のチャットが見えるわけではないのですが、自分の対局を他人から注目されるという状況は慣れないうちはなんとなくやりにくかったです。(今ではギャラリーが居た方が燃えますが・・^^;)

それから他人から注目されたいがために、わざわざその付近で点数を上げずにがんばっている隠れキャラも存在します。

あと単純に5級に上がりたいという人にとっても、その願望自体が壁になっているのかもしれません。

数値化による分析とかそういうものは一切ないのですが、とにかく5級昇級には壁があるというのは私の中でも事実でした。

そこで私は「必殺技を身に付け、5級と言わず、一気に初段まで駆け上がる!」「そのためには修行だあぁ」と言葉は違いますが、そういう概念が心のどこからともなく湧き上がりました^^;意外に実行力はあり、本屋に将棋の本を買いに行きました。以前から読みもしないのに将棋の本を買うのは大好きで、すでに四間飛車の本とかいっぱい持っていたのですが、その時は「誰もやらない戦法で相手をびびらせてやる!」というテーマを持って本屋に直行しました。そして本屋で私から抜擢を受けたある意味不幸な本(当時は最後まで読まない人間だったで)、それは「雁木でガンガン!!」という本でした。

そして、「雁木でガンガン!!」を読みました。目だけで追う、しかも斜め読みで3分の1ほど・・。その読み方は絶対に真似しないで下さい。将棋の本は結構難しく、目で追うだけではよっぽど出くわしてる局面ならともかく、将棋倶楽部24の初段程度の棋力ではそこに書かれている技を身につけるのは難しいです。必ず盤・駒を使って並べましょう!

雁木


それでも書かれている内容がわかりやすかったのか、うろ覚えの雁木+右四間飛車であっという間に自分と同棋力の人達と戦えるようになりました。相手も滅多に遭遇しない戦法に正確な対応ができなかったのかもしれません^^;

実はこの頃、新しく覚えた雁木を試す場としてレーティング対局室でやると点数が急落し精神的ダメージがあることから、フリー対局室を利用するようになりました。(フリー対局室はかなりの無法地帯で、どういう嫌がらせがあるのかもたくさん知ることが出来ました^^;)そしてたくさん数をこなしたいため30秒将棋で対局するようになりましたが、それはその後成長がスローペースになってしまう原因になったように分析しています。

雁木をかじった所まではよかったのですが、ひとつの問題が発生しました。相手が居飛車なら良いのですが、振り飛車にされるとそれだけで苦戦に陥ってしまうのです^^;その問題にはやや困りました。

ある日、夜中に高段トップの対局を観戦していた時のこと。2手くらい進むと私の回線に支障があったようで、指し手が1~2分止まりました。その後、堰を切ったように指し手の数十手が、いっぺんに送られてきました。

パパパパパパパパパパパパパパパパン という音と共に。

チャット欄ではどっかの2ちゃんねるな人が「キターーー(顔文字) ゴキゲン」と狂ったように喜んでいました。

そこに在った局面はゴキゲン中飛車 超急戦▲5八金右型

ゴキゲン中飛車▲5八金右型 局面は初手から20手目。すでに終盤戦。
ゴキゲン中飛車超急戦

当時の私は「ゴキゲン?それな~に?」という状況でしたが、「>その名前こそが自分の必殺技にふさわしい!」と直感し、その戦法を覚えることを決意しました。それが私と中飛車との出会いの瞬間でした。

早速本屋に行き、将棋の本が置かれている本棚で「ゴキゲン」を探しました。見つけるのは極めて簡単でした。背表紙に「ゴキゲン中飛車戦法」、そのままや~~ん。当時はゴキゲンの本と言えば、その本と「ごきげん中飛車を指しこなす本」という本があるだけで、その店には「ゴキゲン中飛車戦法」しかありませんでしたのでそこに選択という迷いはありませんでした。その本をつかむとそのままレジに直行しました。

さて、家に帰って早速その本を読んだのですが・・。「うーん、わかったのか、わからないのか、とにかく実戦で試してみよう」とフリー対局室で実戦。「ギャッ」「ウガッ」「ひでぶ」とまあ、空中分解どころの状況ではありませんでした^^;

念のために書いておきますと、「ゴキゲン中飛車戦法」はとても素晴らしい本です。今見直してもゴキゲンを指す上でとてもヒントになります。しかし、定跡が全く整備されてなかった頃に書かれたその本を、当時6級だった私が読んでも実戦では書かれている局面にならないことなどから、「ゴキゲンって難しいね・・。」というのが本音でした。実際、当時の私の棋力周辺でゴキゲンを使う人なんて居ませんでした。

それでもゴキゲンの名前に未練があった私は、いつかは使えるようになりたいと思っていました。

そんなある日、読みもしないのに買っていた将棋世界の山で一冊の付録が目に付きました。

攻めるツノ銀中飛車(出題・六段 沼 春雄)」その別冊付録こそが、その後の私の将棋人生を築く礎となった小冊子だったのです!

中身は次の一手形式で将棋世界にはありがちな付録なのですが、私はそれをよみツノ銀中飛車をまがりなりにも使えるようになりました。実戦で似たような局面が出てくることや、わかりやすい攻め筋の解説が良かったんだと思います。

例によってフリー対局室で実戦を繰り返したのですが、「攻めるツノ銀中飛車」に書かれてある攻め筋がおもしろいように炸裂し、比較的早く、同棋力の人達に通用する中飛車が完成したと記憶しています。

ツノ銀中飛車を本格的に覚えたいと思ったのですが、新品で手に入る定跡書は存在しませんでした。「消えた戦法の謎」という本があるのですが、ツノ銀中飛車はその本の中で紹介されてる戦法のひとつだったようです・・。
攻めるツノ銀中飛車
薄ピンク色の表紙でしたが、日焼けで真っ白になりました^^;


それはともかく、新しく覚えた新兵器「ツノ銀中飛車」を引っさげてフリー対局でスパーリングを毎日数局こなした私は、ツノ銀中飛車を覚えてからちょうど2ヶ月ほどで念願の5級に昇級しました。10級デビューから10ヶ月、6級になってから3ヶ月後の出来事でした。5級になることで、自分のユーザー名を表示するタブが変わった瞬間はとても感激しました。

最後にこれから5級を目指す方のために何かの役に立てばと思い、今の視点から当時の自分の良かった点と悪かった点を挙げてみました。

今見直して、当時の良かった点
○得意戦法を身に付けるために、棋書を読み、実戦で試す努力を行ったこと。
○将棋が大好きだったこと。

今見直して、当時の悪かった点
○実戦を30秒将棋に移行してしまったこと。(15分将棋でじっくり考えながら練習すべき)
○詰将棋を全く解かなかったこと。
○棋書を読む時、盤・駒を使って並べなかったこと。

次回は「将棋倶楽部24の初段になるまでの軌跡(前編)」を書く予定です。いつになるかわかりません^^;

将棋倶楽部24の5級になるまでの軌跡(中編)

阪田大吉 棋力向上の軌跡
将棋倶楽部24


将棋倶楽部24の5級になるまでの軌跡(前編) ←前回の話はこちら

8級になってからその棋力の向上は2~3ヶ月の間一進一退が続いていたようです。正確には点数を落とすのが嫌で対局数が減ったというのが真相です。

「点数を落とすのが嫌」というのは、将棋倶楽部24の場合同じくらいの棋力の人と指すと勝てば16点もらえ負ければ16点もっていかれるのですが、負けてしまうと点数を戻すためにはもう一回指してしかも勝たなければなりません。つまり1時間かけて1勝0敗と3時間かけて2勝1敗は報酬が同じなのです。そのため、自己最高得点を叩き出している時などそこが自分にとって精一杯に伸びきった点数になっているので、次の対局は負ける確率の方が高く指したくないのは当然とも言えます。

理屈はそれぞれかもしれませんが、自己最高得点になっている時に指したくないのは私だけでなくよくある話です。有名なHAHAHAHAHAさんも前人未到の2800点に到達してからはしばらくの間指しませんでした^^;
当時はよく私に将棋倶楽部24を紹介してくれた友達(当時最高初段)から、「たくさん喧嘩しないと強くならないぞ」と言われたものです。

それでも点数を大事にしていた私は滅多なことでは対局をすることはなく、それなのに将棋倶楽部24は大好きなので毎日友達や高段者など他人の将棋の観戦ばかりを楽しんでいました。(おかげで今となっては高段者達の武勇伝を山ほど目の当たりにしているため、話のネタがテンコ盛です^^)

8級の頃の棋書

話は変わって昔から活字を読むのが苦手なのに本屋に行くのが大好きだった私は、行けば必ず将棋の本が置いてある場所で本棚の中の将棋の本の背表紙を眺め、私の心を揺さぶるタイトルを見つけてはその中身を理解もできないのに手に取って確認していました。

当時わけもわからずに買った本が「急戦左美濃戦法(田丸昇 著)」「駒落ちテクニック(桐山清澄 著)」、それから「前編」を読んだ方には期待通りのハイッ!「奇襲戦法(森けい二 著)」です^^;
残念ながら後者二冊はほとんど読んでおらず、モニタに向かって対局している私の背中の向こうの本棚の中で御守りとなってくれていました。「急戦左美濃戦法(田丸昇 著)」だけは第1章だけ斜め読みそしてそこで覚えた天守閣美濃と米長玉が6級昇級への起爆剤になりました。

ところで8級の頃私の将棋人生にとって心に残る出来事がありました。将棋倶楽部24でのこと。
ある8級の方から挑戦を受け対局したのですが、不利になっても投げ切れなかった私は無理な攻めを続け、それも受けきられそれでも投げずに自玉を詰められないように努力していました。しかし相手の人は玉を攻めるのでなく、取れる駒を全てもぎ取りに来ました。時々ある話です。そして気付いた時には私の駒は10枚弱。つまり全駒(玉以外の全ての駒を取られること)を狙われていたわけです。なんだかすごく悲しい気持ちになり、私は絶対に押したくなかった投了ボタンを押しました。

その対局の後、すぐに対局室に入り直しました。すると速攻でプッという音とともに8級の方から挑戦が!名前を見ると前の対局の時の相手でした。インターネット上で体験した出来事の中で一番恐ろしい瞬間でした。ならばただ断ればいいだけの話なのに、数秒間「ここで逃げるのか?」「ここで逃げていいのか?」と自問自答し、そしてその対局を受けました。(なかなか笑わせてくれます^^)そして結果は意外にあっさりと勝ちました!(ドラクエのレベルアップ効果音を思い出して頂ければ幸いです^^;)その件があってか今でもかなり投げっぷりが良いです。ちなみにその人、今さっき名簿みたら10級(最高7級)でした。

8級になってから6級になるまでに5ヶ月間くらいの期間を要しました。(10級から8級になるまでは約2ヶ月)対局時間は相変わらず持ち時間15分(切れたら1手1分)でしたが、10級から8級になる時よりも明らかに対局数が減りました。3分の1か4分の1に激減していたと思います。その代わり意味もわからず、高段者の対局をぼけーっと観ている時間は長かったです。将棋に費やしている1日の時間は、8級になるまでと変わらなかったです。進歩した部分があったとすると天守閣美濃と米長玉を覚えたことくらいだと思います。(それはかなり役立ちました)

上の棋譜を見ると、中盤での手作りは今(初段)とそれほど変わらないのでないかと思いました。実際1級の人達と指しても、5局くらい指せば一発がはいってました。(相手が油断していたのかもしれません。)しかし序盤力と特に終盤力は随分今の実力とは差がありそうです。どうやってその実力が増したのかは、話が長くなりましたのでまた気が向いた時に書きたいと思います^^;次回は6級の頃の思い出話を書く予定です。

将棋倶楽部24の5級になるまでの軌跡(前編)

阪田大吉 棋力向上の軌跡
将棋倶楽部24

将棋倶楽部24の10級になるまでの軌跡 ←前回の話です。

友達にすすめられた将棋倶楽部24をはじめて私が最初に定着した級は10級でした。
次の一手問題などの将棋の本はその正解率で簡単に「有段の棋力有り」とか判定してくれるものが多いので、てっきり自分は強いのだろうと思っていましたが、将棋倶楽部24で遊ぶことで初めて現実に直面した次第です。

余談ですが町道場に行ったことなく将棋倶楽部24も知らないという人が、10級とか聞いて「はは、初心者か」と勘違いし上から目線で話したりするのは危険です(たまに居ます)。前述したように、私も10級の実力の頃に「自然流“次の一手”」という問題集で「有段の棋力有り」という判定だったのです。将棋倶楽部24で5級と言えば、かなり将棋に凝っている人で、町道場にでも行かない限りはその人に将棋で勝てる人は滅多なことでは居ないレベルです。実際7級~5級の人を相手に3連勝だか4連勝だかをやれば、通常の初段の価値があると米長邦雄永世棋聖(当時は会長でなかった)が認めていたほどです。

さて10級を認定された当時の私は、悔しいというよりも毎日好きな時間に誰かと対局ができるのでうれしいという感覚でした。しかし紹介してくれた友達は1級(最高初段)で、その棋力になんとか近づきたいと思ったものです。
当時の私の目から見ると、5級の人というのはめちゃめちゃうまく、1級の人の将棋はまるでプロの将棋でも見ている感覚と変わりませんでした。(今思えば傑作な話ですが当時の正直な気持ちです。)

当時、どうにかして上の点数を目指したかった私は、技を身に付けたいと思うようになりました。(ここまでは、とても向上心がある良い心掛けです)
すぐに強くなれる技を身に付けたいと思いました。(かなり怪しくなってまいりました!)
本屋に出かけて、なんの知識もないままタイトルと著者名に重きを置き、本を探しました。(よくある話だと思います。)
ある1冊に目が止まりました。そして買いました。著者名は大変失礼ですが当時は知りませんでした。その本のタイトルは「ハメ手撃破戦法(芹沢博文 著)」です。いきなりハメ手に走り、そのタイトルはハメ手を撃破する戦法という意味なのに、どういうわけかハメ手で撃破する戦法だと勝手に解釈して購入するあたりはもう笑うしかありません。
まあ半分はハメ手が成功する解説みたいなので、実は問題はなかったりもするのですが。

というのが当時の私は将棋の本を数ページ読むと眠りについてしまう人間だったので、それがどんな内容であろうと全く問題はないのです。その本の最初の数ページに書かれていたのが阪田流向かい飛車が炸裂する例で(それ以降を読むことは二度となかった)、最初の数手だけはしっかり覚えました。そして実戦で使うとこれがなかなかうまくいきます。

また当時は四間飛車が大ブレイクしており、どの本だったかは忘れましたが対策として斜め棒銀だけは仕掛けるまでの形を覚えました。

その二つを駆使し将棋倶楽部24の15分対局で何回も実戦を繰り返しているうちに、8級まで上がりました。8級に初めて昇級した時の棋譜はもうなくなってしまったのですが、200手くらいの大熱戦で感想戦までして頂いたのを覚えています。10級認定から2ヶ月後の出来事でした。その間は15分対局を1日平均2~3局は指していたと思います。時々感想戦も実現しました。感想戦は結構楽しいのですが負けたこちらを散々小馬鹿にしてくるアホも居ました。(その中の1人は他でもそんなことをやっていたらしく、その後名簿から抹殺されていたりしました)

ここまでをまとめますと、私の場合は10級から8級になるまではかなり指しまくりました。ポイントをあげますと対局は15分対局で考えながら指していたことと、感想戦は相手が応じれば全部やったということ、そしてまがりなりにも何か技を身に付けたというところかもしれません。ただ、私のように奇襲から入ろうとするのはやめていたほうがいいです。相手のミスを期待したり応用範囲が狭いからです。

個人的には普通の居飛車や四間飛車から入るのが王道で、ある程度強くなった時にそれ以降の伸びが違うように思います。(単に私が弱いからそう思うのか真相は定かではありません・・。)


この続きは、また気が向いたら書こうと思います。(いつになるかわかりませんことをご了承下さい。)

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