盤外編⑦ 将棋倶楽部24最高R3000点前史

将棋倶楽部24最高R物語
1998年 最高R保持者は2353点のkintak五段。

1999年 最高R保持者は2577点のyukinyago六段。(2位は2548点でsyunaidar六段)

2000年04月 最高R保持者は2620点でnanakonadeshiko六段。(2654点まで更新)

2000年06月 2663点のyo-suke六段が新最高R保持者。

2000年08月 2690点のnanakonadeshiko六段が再び最高R保持者。(2764点まで更新)

2001年09月 HAHAHAHAHA六段が2765点で最高R保持者となる。

2002年05月13日 HAHAHAHAHA六段が2800点に到達し、将棋倶楽部24史上初の七段。

2002年05月26日 最強の誉れが高かったyo-suke七段が2802点で24最高Rを更新。

2002年06月15日 HAHAHAHAHA七段が2803点で再び最高R保持者。(2808点まで更新)

2002年07月10日 takason七段が2816点で新最高R保持者になる。

2002年08月26日 HAHAHAHAHA七段が2823点でみたび最高R保持者。(2860点まで更新)

2003年01月05日 tamionihonkai七段が2862点で新最高R保持者。(2875点まで更新)

2003年03月18日 dcsyhi七段が2877点で新最高R保持者になる。

2003年12月29日 2898点のdcsyhi七段がHAHAHAHAHA七段に敗れ2900点の大台実現せず。

2004年05月01日 dcsyhi七段が人類初の2900点突破。(相手は奇しくもHAHAHAHAHA七段)

2004年06月05日 800人の観戦者が見守るなかdcsyhi七段が3000点を突破。そして伝説になる。(2位はHAHAHAHAHA七段の2907点)


2000~2001年はnanakonadeshiko六段の全盛時代。2002年はHAHAHAHAHA七段の全盛時代。

将棋倶楽部24の初期設定では2800点以上はあり得ないと判断され「プロ」と表示されるようになっていたそうです。しかし、2700点台が少しずつ現れ始めると、プロかどうかわからない人を「プロ」と表示するのはおかしいということで、急遽2800点以上を「七段」に設定し直したとのこと。

その七段の称号を初めて許されたのがHAHAHAHAHA七段でした。あれから10年以上経ちましたが、現在でもトップクラスとして健在です。

■将棋倶楽部24初の2800点到達の棋譜
対局日:2002年5月13日
棋戦:レーティング対局室(早指し)
先手:HAHAHAHAHA
後手:seven-stars
将棋盤

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最高R保持者でなくとも、最強と信じられていたユーザーも数名居ました。

最強ユーザー

takason七段は歴代最高R保持者では唯一人、1000点以上点差のある下位の挑戦も受ける珍しいタイプで、その分勝率が上がっていることも補足しておきます。
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