
3月26日に第73回NHK杯テレビ将棋トーナメントの女流棋士代表を決める対局の模様が放送されました。
決める方法は、まず今期女流名人だった伊藤沙恵女流三段と西山女流三冠が対局を行い、その勝者が里見香奈女流五冠と対局して、最後まで勝ち残った者が第73回NHK杯の女流棋士代表になるというもの。
伊藤女流三段vs西山女流三冠はダイジェストの形で放送されていて、最終版では伊藤女流三段の勝ち筋に入っていたようです。最後は玉の逃げ道が二択になっている局面で、伊藤女流三段が負け筋の方を選んでしまった模様。
中・終盤力で定評のある西山女流三冠と玉さばきに定評のある伊藤女流三冠のまるで盾と矛の争いはノーカットで見たかった気もしますが、時間の都合上仕方のないこと。
ともあれ、勝ち上がったのは西山女流三冠。聞き手だった鈴木環那女流三段によれば、里見女流五冠と西山女流三冠の対局はこれまでに約50局ほどが行われたとのこと。このペースだと100局を超えていくのは間違いありません。振り飛車対振り飛車の百番勝負、書籍化されるのならば絶対に買います。
さて、今話した通り、里見女流五冠も西山女流三冠も振り飛車党。対局は里見女流五冠の先手で始まったのですが、里見女流五冠は相手が振り飛車だと分かっていても初手は▲56歩。
振り飛車党は相手が振り飛車と分かっていても振り飛車に構えるのは普通ですが、中飛車を匂わす初手▲56歩は棋理に反する型破りの一手。なぜならば、相振り飛車という戦型の中では、中飛車が一番弱いとされているからです。
もっとも里見女流五冠の場合は、その棋理に反した初手からも研究の裏付けがある超高等テクニックで形勢を良くして行くのを何度も観戦してきましたが、本局でさらに驚いたのは西山女流三冠の6手目△52飛。なんと、西山女流三冠も相中飛車で応戦してました。
何故驚くのかと申しますと、アマチュアの将棋では頻繁に出現する相中飛車もプロレベルの先生方の対局で登場することはほぼ無いからです。何故、ほぼ出現しないのかと聞かれると、私はプロではないのでわかりませんと無責任な返答が最初に頭をよぎるのですが、男性プロには振り飛車党が少なく、ましてやタイトルを争うような男性プロには振り飛車党が絶滅の危機に瀕しているため、見る機会が全く無いのだろうとテキトーなことを書いておきます。
ともあれ、中飛車を大好きな私にとっては、序盤からこれ以上が無いほどのワクワクする展開になっていました。
それで序盤の後手の西山女流三冠の方針は、どうやら基本的には真似将棋。アマチュアの将棋でも形は違えども、相中飛車ではパターンです。何故か知りませんが、相中飛車で真似将棋をされると先手が困ることになります。この件については、本放送でも鈴木女流三段が都成七段に疑問を呈出していたのですが、都成七段も即答することは出来なかったようです。後手以外は誰も彼もが困ってしまう相中飛車戦の真似将棋。とっておきの秘策です。
本局の序盤でもう一つ特筆すべきが、解説者と聞き手の先生によるブラックコーヒーの話ではなく ―それはそれで里見ファンならば一聞の価値はあります― 両陣営、角道が通ったまま、絶対に自分からは角交換を実行しない突っ張り合い。
私のようなヘボ将棋を指す者にとっては、角というやつが手持ちにされると一番危険で油断のならない駒で、いつどこに角交換直後に両取りの角打ちなどの大技が潜んでいやしないかと、冷や冷やしながら指すのは精神衛生上よろしくなく、局面の検討にも悪影響を及ぼすものだから手損になろうと何だろうと、そそくさと自分から交換してしまうのが常だったりします。
しかし、対局している御二方は将棋史上、女性で一番強い方々。角の睨み合いが20手ほど続いていたのを一つ取っても私のようなヘボ将棋とは撰を異にしているのが分かりました。
そして、真似将棋をされて先手が困る瞬間を迎えたのが30手の局面。迂闊には動けない、でも何か駒を動かさなければならない。都成七段もそこが難しい局面であることを解説していて、実際に里見女流五冠の手も止まっていました。
その昔、羽生九段がある局面で、今が一番良い局面で何か駒を動かすとマイナスになるかもしれない旨を解説したいたことを思い出しました。その記憶を時事問題に応用すると、解説者と対局者の考えが難しいことで一致した30手の局面が多分その類例。水匠5という強すぎる将棋ソフトに検討させてみたところ、その評価値はプラス15になったり、マイナス7になったりと、賛同してくれるようです。
その局面で里見女流五冠は囲いをさらに固くする方針で動いたのですが、ここで西山女流三冠は真似将棋を止め、時を得たとばかりに攻撃態勢を整えていきました。
しかもその攻めが端も絡めており、奨励会時代の西山女流三冠の端攻めが強烈だったという話はどこかで聞いた記憶があります。如何にも西山女流三冠らしい積極的な指しまわし。
折しも30分ほど前に解説者の都成七段が「端攻めを制する者は相振り飛車を制する」とテレビ将棋講座の講師として教えていた直後に暗合するところが何だか不思議な展開。
形勢はどちらに傾くのか固唾を呑んで数手の間見守っていると、西山女流三冠の端攻めを巧くかわした里見女流五冠側有利に傾いていった模様。対局後、西山女流三冠も攻めが少し足りていなかったことを語っていました。
有利になり大駒(角)も手持ちにした里見女流五冠は反撃に転じると、指し手ばかりでなく駒を動かす様子までもが軽やかに見えた次第。
西山女流三冠も最後の猛攻を見せましたが、里見女流五冠はそれを正確に受けきり117手で勝利。相手の攻撃をいなして、電光石火の寄せで勝負を決める出雲のイナズマらしい指しまわしでした。中飛車が好きな人は必見の対局でした。
この放送を見て思ったことは、今のNHK杯で女流枠が1つしかないというのは少な過ぎるということです。せめて2枠は必要ではないでしょうか。囲碁だって4枠あるのですから。実はそれを一番言いたかった(汗)

赤は水匠5
青は激指15
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